モノを買わない幸せを知ると、せまい部屋も広く片づき、節約にもなる

毎月のお金は気づけば底をつく。あれこれ自分が必要だと思っていたものを買えばもちろん消費するのは当たり前です。

せまい部屋にあれこれ100均の雑貨や安いからと増えていくモノたち。

それと引き換えに部屋は雑然としていませんか。

全て本当に必要なものなのかの考えを改めると、不思議とモノは増えません。それは節約にもなるし、家を快適な空間にもしてくれるのです。

収入があるにこしたことはないですが、モノを増やす必要性について考えた時、大きな収入は果たして必要?

モノを買わないことも幸せだと感じられれば何も囚われない自分が形成されるはずです。

モノへの執着とお金への執着

私は、モノへの価値観も低いし、執着しているつもりなんてありませんでした。

でも、買い物に行けば当たり前のように増えるモノたち。

100均で買った収納ケース、便利そうと思って何気なく増える安い小物。

クッキーが作りたいからと型を買い、気に入らなければ1度使ったきりでしまいこむ。買ってきたものもそのあたりの床に置いたまま中々片づけようと動きません。

うちの収入は多いものではありません。むしろ平均より低い。だから、普段の買い物も我慢しているつもりでした。それなのに、小さいモノたちが気づいたら増えている状況。

「いいな」「便利」「かわいい」「おしゃれ」そしてそれが安価な100円などで見つけると安いから買おうという衝動へと変化し、買い物を終えています。

モノへの執着とお金の執着もあるのでしょう。高いものは買えないけど100均なら所有欲を満たせるのです。

「羨ましい」と思わなくなる

ミニマリストの動画をよく見るのですが、モノを買わない幸せというフレーズを聞きます。はじめはピンとはこなかったです。なにこの宗教じみた考えは…になる。

でもある時から「欲しい」という感覚が消えて買わないのがマイベスト!と思えると不思議と他人をみて「羨ましい」と思うことが消えました。

考えてみるとお金がない自分が嫌で、収入をあげたら欲しいもの色々買ってやるんだから!という気持ちは強くありました。

キレイな服や化粧品、欲しいものを手に取りたいという憧れ。キレイめな服を着ている人がいるとお金持ちだなこの人…とまじまじと見てしまう自分。

でも、その「羨ましい」という感覚がなくなった時、「買わない幸せ」を実感したのです。

羨ましいと意固地になることでネガティブな考えが生まれ、妬ましい感情につつまれていたようです。それってものすごくしんどい。

そのしんどさがなくなった時、私は幸せを少し実感することができました。

全捨てをルールにすると考えが改まる

最近まで私は何も考えず100均で買いあさること、よくしていました。

でも、その考えを改めたのは極端な断捨離を決行した日からです。

「必要最低限のものだけ残す」この意識を持ってほとんどの物を捨てていった時、最終的に捨てることになるのはもったいないと気づいたのです。

捨てる前提で物を買うと、不思議と買わない選択になりました。

「このクッキーの型、もっと可愛くて洗いやすいものが他にもあるはずだよね…ちょっと保留で店をでよう」

クッキー作っていると洗いにくい型の形とかあるよね。

頭で色々選定して本当に必要なものが見えてきます。絶対に気に入ったものしか買いたくなくなります。ちなみにクッキーの型はまだお気に入りに出会えてはいません(笑)

必要最低限のミニマリスト思考で家は片づく

私はミニマリストではありませんが、このような「ミニマリスト思考」を取り入れることの大事さに気づかされました。

せまい部屋の生活はモノがあると片づかず、雑然としてしまいます。

必要なモノを選定し、それ以上を求めない生活にすればおのずと増えないので片づきます。

せまい家だからこそ、ミニマリスト思考は大事。すべての物を捨て去ることはできません。生活感ゼロというのは私も無理なことだし、面白味のないことだと考えているので、”ゆるゆるなミニマリスト”を目指せばいいんじゃないかな。

好きなものは捨てない、ちょっともったいないと思うものはとっておいてもいい。全て捨てることはなくてもいい、でも快適な空間にしていく努力は惜しんではいけません。

自分なりの全捨てで、汚部屋の未来を切り拓いていけたら幸いです(*´ω`*)

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